貞山運河事典

東名・北上運河とともに阿武隈川・北上川を結ぶその全容を紹介します

貞山運河事典ホーム
サイト マップ(構成)
運河の構成
貞山運河の埋立て
運河の歴史
関わった人たち
運河の主要スポット
運河の閘門と水門
運河の長さ
水系の位置づけ
貞山運河の自然
運河を楽しむ
イベント・祭り
こぼればなし
運河フォトギャラリー
関連リンク集
貞山運河事典編集委員会
お問い合わせ
餐霞亭主墓碑
 さんかていしゅぼひ
 
 この主墓碑は、友人3人と遊学中に松島で亡くなった南総木更津の人で稲次家8代当主眞年(まとし)の供養碑として建立されたものと解される。眞年が病没したとき、荼毘(だび)に付され、遺骨は郷里に持ち帰えられている。菩提寺は、選擇寺(せんちゃくじ 千葉県木更津市)。
    ※選擇寺のホームページでは、詳細に紹介しています。ぜひ、クリックしてご覧ください。
 
 木更津市史は、眞年という人物を年少にして詩を賦し、文にすぐれ、書道にも通じ、草書、隷書まで能くかけた紹介している。
 

 

▲齋譽眞年居士墓(千葉県木更津市の選擇寺境内)

                   ※画像提供:選擇寺  (注) 譽=「譽」

 
餐霞亭主墓碑  
      ※碑の本文は漢字のみで刻まれている。以下の内容は、読みやすいように加工してあります。 

 姓は稲次、諱(いみな)は眞年(まとし)、字(あざな)は子音、通称 作左衛門、南総の君去津(=木更津)の人、寛政八年(1796年)生まれ、文政十三年(1830年)奥の松島を訪れたときに病没、享年35歳、尾島(=雄島)の松吟庵の傍らに葬る
             木更津邑
     餐霞亭主墓
                   藍屋
  難面もかくれし月や啼蛙            雪空舎南悠
  行春と思へと尽ぬ名残かな           欣多楼爽章
  一羽かもて帰りはかなし鴈(がん)の声    孤坐亭一架
  春の葉も易くて消つ分れ霜             畔戸斎一川
      文政一三年庚寅閏三月
 (背面)
                        補助
                            扇屋弥右衛門
                        石工
                                長三郎
 
 
                                                                       1 霊場「雄島」にもどる ⇒ こちら