貞山運河事典

東名・北上運河とともに阿武隈川・北上川を結ぶその全容を紹介します

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                                        出典:『貞山・北上運河沿革考』
                                           遠藤剛人 著  P132~134

<位 置・名 称>


 貞山運河とは阿武隈川左岸、岩沼市寺島納屋から海岸線〇・五粁沿いに北上し、名取・七北田川を横過し、塩釜湾牛生浦に通ずる運河である。往時は延長三三粁(註1)に及び、本邦有数の長さを誇る運河であったが、現在では中間の一部が港湾区域や港湾背後地となり、延長二七・七粁となっている。
 運河開削の歴史は古く、慶長の初期に始まり全川通水は明治五年(註2)で、開通まで二七〇〜八〇年の歳月を要した。運河の名称である「貞山」とは、仙台藩祖伊達政宗の法号「瑞巌寺殿貞山禅利大居士」から、明治一三〜一四年頃昔時の県土木課長早川智寛が命名したものである。
 沿岸市町は岩沼・名取・仙台・多賀城・七ヶ浜・塩釜の六市町にわたる。
 河川法上は、旧河川法では昭和四年準用河川に認定され、新河川法によっては四〇年二級河川に、四一年には納屋深沼間が一級河川に指定されている。港湾法上は大代牛生問が塩釜港の港域として認定されている。

   註1 運河の延長は牛生浦の澪筋をどの程度入れるか、阿武隈、七北田の高水敷開水路を含   

       めるや否や、広浦、名取、七北田川の横過部分をどうするかなどによって異なる。

              このため文献によっては相当の差がでる。『貞山堀改修出来形帳』によれば、一八、五

              八九間余(三三・八粁)、ただしこの出来形帳の区間毎を合すれば、一九、一五一間余

              (三四・八粁)となる。『明治十五年宮城縣統計書』によれば通舟区間として九里一八町

              (三七・三粁)とあり、『「第七回縣治一斑』では八里二一町(三三・八粁)とある。昭和一

               〇年の『河川区域表』では七里三四丁(三一・二粁)、ここでは県河川課の資料から牛

              生浦の澪筋をいれて三三粁とした。
     

     2  中部水路の藤塚南蒲生間の開削は後に述べるように明治三〜八年であるが、通水し

                たのは明治五年である。

 

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