貞山運河事典

東名・北上運河とともに阿武隈川・北上川を結ぶその全容を紹介します

貞山運河事典ホーム
サイト マップ(構成)
運河の構成
貞山運河の埋立て
運河の歴史
関わった人たち
運河の主要スポット
石井閘門
野蒜築港跡
品井沼干拓と高城川
蒲生
井土浦
広浦
赤井江
造艦碑
運河の閘門と水門
運河の長さ
水系の位置づけ
貞山運河の自然
運河を楽しむ
イベント・祭り
こぼればなし
運河フォトギャラリー
関連リンク集
貞山運河事典編集委員会
お問い合わせ
井土浦
 
 

                              (井土浦の全景~奥に見えるのが広浦)

 

○成立過程


・閖上風土記によれば、「名取川河口は、大正の初期まで南端にあり、その後広浦南端と井土浦

 北端の間を移動していた。」との記述がある。
・それ以降の地形の変遷は次の図のとおりである。
・明治40年(1907年)測量の地形図によると、名取川の河口は現在の位置から約1km南の広浦

 にあった。
・昭和5年(1930年)の地形図では、名取川の河口は今の井土浦を1kmほど北上したところで海

 側に開口しており、井土浦と広浦が一つながりになって名取川を柄にしてT字に広がり、現在河

 口となっている市は砂浜がつながっていた。
・昭和19年(1944年)の地形図では、名取川河口は現在の位置に固定したが、その他には大きな

 変化はない。
・昭和40年以降、広浦の北部について大きな変化が見られるものの、井土浦の地形は河口の位

 置を除いてほとんど変化していない。

 


昭和57年修正測量

 

 

               出典:『仙台湾海浜地域保全の進め方』 平成12年3月 宮城県

 

 

                       ⇒ 次ページ(自然環境の特徴)へ

               ⇒ この集のトップへ

             ⇒ サイトトップへ