(蒲生地域の全景~上部にあるのが仙台港)
○成立過程
・国土地理院五万分の一地形図によると、蒲生干潟周辺の地形は下図のように変遷している。
・大正元年(1912年)測量の地形図によれば、七北田川は現在の河口から約1km北にあり、「長
浜」という地名のとおり長大な砂浜が七ヶ浜町境まで続いていた。
・昭和26年(1951年)の地形図では、河口は、さらに約1km北上している・
・その後昭和36年(1961年)までに、河口が現在の位置に取り付けられ、旧河道であった部分が
海岸線に平行に、南北に細長い潟として残った。
・昭和42年(1967年)に仙台港の建設や七北田川河口のバイパス工事等が開始され、現在の姿と
なった。
・また、貞山運河と蒲生干潟に挟まれた間の土地については、かつてはクロマツ林であったが、
1963年から一部で畑地や水田が造成され、さらにそれらが宅地になるなどの変遷を経ている。
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大正元年(1912年)測量
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昭和8年(1933年)修正測量
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昭和26年(1951年)応急修正
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昭和43年(1968年)修正測量
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昭和57年(1982年)修正測量
出典:『仙台湾海浜地域保全の進め方』 平成12年3月 宮城県
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